『長篠の戦い』

 

二木謙一 著

学研M文庫 刊

平成12年9月13日(初版) 570円
278ページ

評 価

著者は、1940年(昭和15年)東京生まれ。1968年國學院大學大学院日本史学専攻博士課程修了。國學院大學助手、國學院大學日本文化研究所研究員を経て、國學院大学教授。現在、同名誉教授。
NHK大河ドラマの風俗考証を担当し、『
城が見た戦国史』『関ケ原合戦等、戦国時代に関する数多くの著書・監修書もある。

その著者が長篠合戦の本を出されるのであるから、当然、学術的で実証的なものが望まれる。

【戦国研究の第一人者が史料を克明に検証し、自らの足で現地を調査し(中略)ドキュメンタリータッチで再現】というのが売り文句だ。

自身でも
「できるだけ史料的価値の高い古文書や日記・記録によったが、戦いの推移や描写などは、後世の聞書や軍記物語に頼らざるを得なかったところも多い。しかしその場合でも、諸書を斟酌し、古戦場を足で辿り、可能な限り推理を加え、少しでも史実に近づけるよう工夫したつもりである。」と述べられている。

しかし、合戦の多くは『長篠日記』に従って叙述されている(68頁)。
この『長篠日記』について、著者は「記述の内容にも誇張もみられ、江戸中期以降の作と思われるが、長篠合戦を記した軍記として貴重なものである。」とされる。ちょっと意味の分からない文書だ。
一方、太向義明氏は、『長篠日記』を、「内容には『甲陽軍鑑』や小瀬甫庵『信長記』『総見記』等の流布書との類似が著しく、近世中期以降の成立であることは明白である。」とされている。このような、末書の類を基本史料とすることには疑問を感じざるを得ない。
しかも悪いことに、どの部分が『長篠日記』に拠ったのか、逐一記載されていない。そして、『甲陽軍鑑』『改正三河後風土記』などの後世の記録を、ほとんど批判もなく、積極的に採用してしまっている。
さらに記述上、一級史料『信長公記』などと同等に扱われており、これでは、信憑性の低い史料が、あたかも真実を記しているように感じられてしまう。

つまり、実像と虚像が、その区別なく書かれてしまっているのである。

したがって、本書は、学術書としては、まったくその価値を見出すことはできない。

このような本(史料を峻別することなく、通説を紹介する歴史本)は、昭和の頃から多数出版されており、今更、何の意味を為すのか疑問というだけでなく、藤本正行氏らの長年の研究で、その史実が見えてきた長篠合戦の研究を再び後退させかねないものだ。

真実を曲げてまで合戦の詳細を流布させることに何の価値があるのだろうか?

高柳光壽氏の、
”「三州長篠軍記」などは最も詳細で、甚だもっともらしくできている。しかし、それだけに実は信用できないのである。”
という言が思い出される。

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