『明智光秀』

 

桑田忠親 著

新人物往来社 刊
(秋田書店刊 『桑田忠親著作集』所収)

昭和48年12月(初版)

評 価
★★★

著者は、戦国史研究の大家であり、高柳光寿氏と並び評される歴史家であった。
明治35年生まれ。大正十五年國學院大學卒。東京大学史料編纂官補、立教大学講師を経て、國學院大學教授。文学博士、日本古文書学会評議員などを歴任。
『千利休』『太閤秀吉の手紙』など多数の著書があり、NHK時代劇ドラマの時代考証も担当。

本書は、本能寺の変の首謀者である明智光秀を学術的に研究したもの。

著者自身が、本書に先立って刊行されていた高柳光寿氏『明智光秀』について
「同書は、文献史料の考証にすぐれており、筆者もこれに負うところ甚大であった」
と述べているとおり、明智光秀の本格的な伝記本としては第二のものとなる。
ただ、「新史料の紹介、文献の新解釈、歴史的推理の展開などの面で、さらに一歩進めたつもりではいる」とされており、その結果、高柳氏の【野望説】に対して、【怨恨説】を主張されることとなった。

高柳氏を筆頭とする野望説については、「一見、もっともらしくて、しかも、すこぶる感傷的な、あまったるい観念論」と辛辣に否定されている。

なるほど、怨恨説にはそれなりの説得力・史料があって、人々を惹き付けるものもあるが、逆に、高柳氏が怨恨説を否定された根拠について、これを論駁するだけの記載は見られない。
それどころか、軍記物や後年の史料について、積極的に採用してしまっているのである。

軍記物のストーリーに関しては、それが無かったと証明することはすこぶる困難な場合が多く、
”書いてあるのだから、あった事かも知れない”と言われれば、それまでである。

やはり一級史料に基づいて、シビアに歴史考察をされるのが、本当の歴史学といえるのではないか。

また本書は、その書き振りも、いちいち出典を明記していないことで、一般向けには読みやすいかも知れないが、学術的には物足りないのが率直な印象である。

それはともかく、読み物としては、なかなか面白い著作であり、その後の本能寺の変研究に影響を及ぼした高名な歴史学者の説を通読するのは、無駄な作業ではないかも知れない。

著者曰く
光秀天下取りの野望説も、たいした根拠のないことがわかる。(中略)明智光秀級の実力に乏しい武将や知識人が、それほどの抱負と自信を持っていたとは、考えられない

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