児玉城

城跡は姿川東岸の台地上に、谷や丘陵を巧みに利用して築かれた平城で、本丸の堀と土塁がほぼ完全な形で残されている。土塁の四隅は他の部分に比べ、高く築かれていて櫓があったと考えられる。本丸以外にも、周辺には部分的に堀や土塁が現存していて、城の範囲はかなりの広さであったと想像されている。
本城は鎌倉時代後期(十三世紀後半)に宇都宮頼綱の四男・多功宗朝が、その二男(または三男)朝定にこの地を分封し、築城したと伝えられている(『石橋町教育委員会 現地説明板』。

本丸周囲の土塁・堀跡が比較的良く残っている。

 

【左写真】本丸跡 【右写真】本丸を囲む土塁 

 

( 比較的良好に残る内堀跡 )

( 外堀跡 )

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