高柳谷中台城

標高30m、比高17m。

高柳谷中台城(千葉県柏市高柳)は、大津川を西下に望む大久保台の台地突端部にあったとされる(『東葛の中世城郭』『日本城郭大系』)。

築城・存立年代や城主など、一切が不明である。古くは相馬氏関係の居館であり、戦国時代には、当地域を支配した高城氏に属したとするのが通説である(『東葛の中世城郭』)。

かつては、土塁が残っていたと伝わるが、県道が通り、削平によって原形を留めていない。城の規模や構造はつかめないが、この地域でもっとも高い箇所に占地し、要害性は高かったのではないかと推定されている(『東葛の中世城郭』)。

城址は、大久保台バス停付近で、県道船橋我孫子線と白井流山線の交差点付近。もはや何の面影も残っていない。『日本城郭大系』には「台地縁に300u程度の土塁が残る」とだけ記されているが、この土塁も壊滅した。

(国土地理院発行の2万5千分1地形図

(跡地付近。遺構は全く残っていない。)

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