大井追花城

標高20m。城山とも。

大井追花(おおいおっけ)城(千葉県柏市大井)は、大津川が塚崎の北で手賀沼へ注ぐ、河口に近い右岸台地上に占地する。城址の規模は、東西250m、南北200mと推定されるが、宅地化が進み、遺構は南北それぞれの区画に若干見られるのみである(『東葛の中世城郭』)。

当地は、応永二年(1395)には相馬氏の所領であり(『相馬文書』)、現在の遺構は戦国時代のものと考えられるが、その前身は相馬氏の居館だったと思われる(『東葛の中世城郭』)。地元の口伝では相馬氏の一族・高城氏が城主であったという(『東葛郡誌』)。

城址の北西に突き出た台地先端には、高圧線鉄塔が立っており、周囲には土塁・空堀が残っている。また、道路を挟んで南側の台地にも土塁の痕跡が見え、この道路もかぎ形になっている。
往時は手賀沼の水位は城址台地の北西まで及んでおり、城下近くまで沼の水がきていたものと思われる(『東葛の中世城郭』)。

(国土地理院発行の2万5千分1地形図

(千野原靖方著『東葛の中世城郭』掲載の縄張図)

 

(【左写真】鉄塔の立つ平場。郭の名残りだろう。【右写真】その脇に残る土塁跡。)

 

(【左写真】周囲には空堀が良好に残る。【右写真】南側台地に残る土塁。長く、郭を区画したものか。)

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