『長篠の合戦

-虚像と実像のドキュメント-

 

太向義明 著

山梨日日新聞社(山日ライブラリー) 刊

平成8年8月18日(初版) 1200円
197ページ

評 価
★★★★

著者は、昭和37年東京生まれ。日大法学部卒。会社員ながら武田氏研究会や山梨郷土研究会等に所属、武田氏研究など積極的に論文を発表されている。

本書は、長篠の合戦のイメージが本当に「実像」なのかを問うもの。近年、長篠合戦は、その鉄砲の数を含めて再研究華々しいが、史料を丹念に追い、正真正銘の歴史学として書かれている真摯な一冊である。
(「長篠の戦いとは正しい言い方ではなく、実は”長篠・設楽原の合戦”と称するべきだ」とか「いや設楽原とは後年の呼び名で、戦国時代には”あるみ原”と呼ばれていた」などと、鬼の首を捕ったかのように枝葉末節を主張する俗書が出版されているが、本書はそのような軽率なものではない。)

長篠合戦が記述されている史料のほとんどすべてを検証し、何に何が書かれているのか綿密に整理し、また明記し、そして著者なりの見解を述べられている。その内容は極めて冷静で、軍記物の類を排除した、真実の長篠合戦が見えてくる。

そういった意味で、一般向けではないが、史実を探求する者にとっては、実に読み応え十分で、有り難い作品である。

その史実とは、我々の常識を覆すものである。
例えば、設楽原の決戦の前日、討死を覚悟した馬場信房、内藤昌豊、山県昌景らの老将は、大通寺の泉(杯井)で盃を交わし、決死を誓い合ったという”歴史”も、それは信憑性の低い軍記物『参州長篠戦記』『長篠日記』『改正三河後風土記』に記されているばかりで、伝説から生まれた”虚像”であろうと断言される。

武田氏ファンしては受け入れ難いものもあるが、これが史実なのである。

著者はいう、
「私たちが過去の伝来物を媒介として「歴史」を知ろうとする場合には、その性質や性格をよく確認し、史料としての信頼度をよく見極めた上でなければ、とんでもない「間違った歴史」を認識してしまうことになりかねない」

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